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zoom RSS 浦川聡子さんの枯蓮

<<   作成日時 : 2013/10/25 21:24   >>

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いつさいは天上にあり枯蓮   浦川聡子(『眠れる木』より)

秋時雨のなか晩秋の池を見てきました。
すぐに聡子さんのこの句が浮かびました。
「天上」という言葉には、
「空の上、この上もない、天に昇る、死ぬ、天上にある世界」など
多くの意味があります。
この句の天上は、枯蓮の印象から、
単に空の上ではなく死とつながるイメージがあります。
荒涼とした湖沼の、しおれた枯蓮の前にいるのです。
枯れて折れ曲がった葉や茎が風で音を立てています。
その場所で天上にいるとても大切な人、
その方に関わる出来事もしくは偉業を
思っているのでしょう。穴の開いた作者の心を感じます。

このような読みをして「悲しみの句」と断定しておりましたが、
実際の枯蓮を前に、読みの甘さに気づきました。

俳句という韻文は科学のように明白な基準がなく、
大半は作者の制作過程の感覚で出来上がっています。
俳句空間は、作者と読者の共同で作りあげる「感覚」であり、
その感覚には理論的説明が及びません。
万人が自由な読みができるから楽しいのです。

枯蓮の印象が読みの甘さの原因でした。
実際の蓮の枯れは、終焉ではなく
再生の芽を秘めていました。
乗せていた時間を、ちょっと下ろして楽になったという感じでした。
死のイメージなどまるでありませんでした。観念はいけませんね。
その枯蓮を「時間の巡(めぐ)り」の象徴と読み、いつさいを「はじまり」と読み、
天上に宇宙開闢のビッグバンを填めると、
人間の感情など超越した句意を導くことができます。
この句は悲しみの句ではなく、
普遍性のあるとても大きな句だったのです。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
石母田さん、こんばんは。
『眠れる木』と、私の「枯蓮」の句への鑑賞、ありがとうございました。
石母田さんの鑑賞に、作者自身が教えられたような思いです。
数日後には冬になります。もう一度、枯蓮のなかに立ってみようと思います。そうすれば、作ったときとは違う発見が、作者自身にも見えてくるかもしれません。
深く鑑賞してくださって、心から感謝をいたします。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

浦川聡子
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2013/11/04 01:36

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